I はじめに

コーヒーメーカーを使っていると、滴り落ちる液滴が液面の上で球体を とどめながら長時間動くようすを観察できる。【写真１】同じ物質同士が一体化しないのを 不思議に思って研究を始めた。また、水たまりに落ちる液滴や蛇口から落ちる 水滴に同じ様な現象が起こることを確認した。我々はこの研究によって同温下で濡れない 同温下で濡れない液体を成功させるために必要な力を追求した。
	【写真１】

II 動機

水玉と水面という同種の液体が何故長時間一つに融合しないのかという疑問を 解明するために研究を始めた。

III 気づいた点

肉眼観察から １．浮かぶ液滴はさまざまな大きさである。 ２．二、三段階に小さくなることもある。 ３．動かないで静止しているものもある。 ４．液滴同士が衝突したときに合体したり反発したりする。 ５．水以外の液体でも成功する。
	【写真２】滴下実験風景

【図１】液滴融合時の想像図

IV 予備実験

『濡れない液体』現象を観察するにあたって、
現象が成功するための条件として、
『液体の種類』、『滴下の高度』。『液滴の動き』、『液面の汚れ』、『その他の方法』について検討した。

なお、液体の滴下にはビュレットを用い【写真２】、液体は常温中に長時間放置して、 完全に同温になったものを使用した。

(1)液体の種類
　液体の種類は、蒸留水、エタノール、グリセリン、メタノール、石鹸水、オリーブオイルとする。
条件を同じにするために、滴下高度は水面から1cm、滴下する液滴と受滴面は同じ物質とする。

（結果）
　成功率の高かった物から、石鹸水、エタノール、オリーブオイル、グリセリン、蒸留水、メタノール。
しかし、メタノールではまったくできない。

(2)滴下高度
　　滴下する高度は5mm,1cm,2cm,3cm,5cm,10cm,15cmとする。液体は蒸留水とする。

（結果）
　5mmのときに最も出来やすい。また、10cm,15cmはまったく出来ない。

(3)液滴の動き
　液滴を平らな液面に滴下するときとメニスカスに滴下した場合について比べる。
液体はエタノールを使用する。 【図２】

（結果）
　メニスカスに滴下して液滴に運動させた方が寿命は長い。【写真３】【写真４】

【図２】	【写真３】	【写真４】

水面が静止した状態とマグネチックスターラーで 水面を回転させた状態について比べる。 （結果） マグネチックスターラーで回転させた場合、 成功率はやや落ちるものの、寿命は長くなる。【写真５】
	【写真５】
(5)液面の汚れ 　液面の表面に何もない状態と液面にチョークの粉をまいた状態で比べる。 （結果） 　まいた粉末が落ちる液滴によってきれいになった場所の液面にだけ液滴が浮かぶ。
(6)滴下させる以外の方法 　ビュレットやピペットなどで上から滴下する以外の方法で 『濡れない液体』現象が起こるか確認する。 （結果） 　鉛筆やペンのキャップをわずかに水面に付けた状態から 引き抜くときに液滴が浮かぶほか、箸や指などで液体を はじいたときにも液滴が浮かぶ場合がある。【写真６】
	【写真６】

V 予備実験の結果からの考察

液滴が水面の上に浮かびやすくするためには、

• 液滴に運動させること
• 液滴を滴下するときに液面に触れないぎりぎりの高さから滴下すること
• メニスカスに落とすこと
• 液面をきれいな状態にしておくこと

以上のことが必要である。

我々は、実験効率及び、再現性を重視するために、以下の実験については、エタノールを使用し、 静止させた液面にぎりぎりの高度から滴下することにした。

VI 予備実験の結果から考えた仮説

液滴を浮かばせる力として
『浮力』、『分子間力』、『撃力』、『静電気力』について考えた。

・『浮力』について
　浮かぶ液滴に混じって、その空気の浮力で浮かんでいるのではないかと考えたが、
ビュレットとピペットを使っているので
液滴に空気が混じることはない。よって浮力とは言えない。

・『分子間力』について
　分子間力によって浮かんでいるのではないかと考えたが、
分子同士で反発する分子間力が働くのは、 分子同士の間が、原子一個分程度の時であり、ズームアップで見えないと行っても、
液体間の隙間が原子一個分であるはずがない。よって分子間力とは言えない。

・『撃力』について
　撃力とは、衝撃を受けた一瞬に働く大きい力である。場合によっては
３秒も４秒も浮いているため、液滴を浮かばせる力だとするのは不自然である。
よって撃力とは言えない。

・『静電気力』について 　これについては単純には否定できない。そこで、以下の仮説を立てた。 『ビュレットから滴下される瞬間に発生する静電気が液面の静電気と反発しあって液滴を浮かべている。』
	【図３】

VII 仮説の修正＜物理雑誌『パリティ』との出会い＞

『静電気説』について検証方法を考える一方で行っていた資料・文献探しだが、ここで数点の文献が見つかった。
見つかったもののうち、日本学生科学賞全集の入選作品３点

• 第二十回内閣総理大臣賞『水面を走る水滴の研究』
• 第三十三回入選二等『水面に乗る水玉の研究』
• ・3)第三十五回入選三等『水面を転がる水玉を追って』

についてはこれまで我々が行ってきた実験と大差なく、目新しい発見はなかった。しかし、もう一つの文献4) 『パリティ』には、この現象について克明に解説されていた。

それによると、液体間に温度差がある場合、液体間には『熱キャピラリー対流』という空気流が発生するらしい。 熱キャピラリー対流というのは、温度差による液滴内での表面張力の勾配によって発生する液滴の表面流のことで、 ２つの液滴を引き離しておくのに十分な圧力を発生させるということだった。【図４】 同音の液体については、２つの液滴の隙間に入った気体の速度が行って一定値以上であることが必要である、とあったが 我々はこの説に疑問を抱いた。我々が行っている実験には、水や空気に流れが発生する要因はない。 また液滴にも動きはほとんどない。仮に液滴が落下するときの位置エネルギーが全て熱エネルギーに変換されたとしても、 我々が使用した液体の温度変化の算出結果はいずれも0.025K以下であり、 それによって熱キャピラリー対流が発生する可能性はない。 そこで我々は『温度差のほとんどない２液間においては、 熱キャピラリー対流を含む対流によって発生する圧力とは 異なる何らかの力が２つの液体の表面を引き離している』という仮説を立てた。

【図４】

VIII 仮説の検証理論

（原理）
　温度差の有無に関わらず、対流で浮かんでいるなら、液滴下部の形状は【図５】のようになって いると考えられる。
そうでない場合、対流で浮かんでいるとは考えにくいので、対流でないといえる。

（方法・装置）
　干渉法によって液滴の形状を確認することで対流の有無を確認し、対流が原因でないことを実証する。
熱を発さない光源（ナトリウム光源）を用いて浮かんだ液滴に光をあて、返ってきた光をハーフミラーによって
反射させて撮影する装置【写真７】を制作し液滴でできる干渉縞を観察する。

【干渉縞（ニュートンリング）について】
　大きな半径の球面を持つ平凸レンズを平面ガラス板にのせて上から見ると、色のついた多くの同心円がごく中心近くに見える。
同様に、暗室内でこれに単色光を照らすと、明暗の同心円が見える。
これは、レンズとガラス板との間の薄い空気層の間で光が反射して生じる干渉縞である。
ニュートンリングでは中心から離れるほど、空気層が厚くなり、干渉縞の感覚は狭くなる。【写真８】は、レーザー光 （波長670nm）で見たニュートンリングである。

【図５】	【写真７】
【図６】	【写真８】

IX 仮説の検証実験その１

（結果）
　光の範囲が広すぎるためスリットを入れた黒の色画用紙をかぶせたのだが、それでも光が散乱して 散乱光が干渉光を遮ってしまい、干渉縞を見ることができなかった。
失敗した原因は光が散乱しやすいナトリウム光源を用いたことであり一点集中の光源を用いる必要があった。

X 仮説の検証実験その２

（方法・装置） 　半導体レーザー光源を液滴の上から照射し、液滴の干渉縞を撮影する。【写真９】 （結果） 　液滴が黒いシルエットで見えたが、干渉縞を見ることができなかった。 しかし、液滴が消滅する瞬間に必ずシルエットの中心が赤く輝く現象を確認した。【写真１０】
	【写真９】
我々は、シルエットしか見えないのは空気の層が存在することで光を屈折させるからではないかと考えた。 そうすると、液滴が消滅する瞬間の輝きは、中心部が受滴面と融合し光を屈折させる空気が無くなり光が まっすぐ進むためだと考えられる。よって、液滴下部の中心から一体化しているのではないかと予測できる。 しかし、これは状況証拠でしかないため、やはり干渉縞によって観察しなくてはならない。
	【写真１０】

XI 仮説の検証実験その３

（方法・装置）
　実験装置を「仮説の検証実験その１」の初期型に戻し、 ナトリウム光源の代わりにレーザー光源を用いて干渉縞を観察する。 【図６】

（結果）
　光の強さは十分であり、干渉縞を観察することに成功した。しかし、当初考えていた中心から離れるにつれて
感覚が狭まるという模様は見えず、逆に内側が狭まるという【写真１１】のような干渉縞が見られた。

（考察）
　この干渉縞から空隙を想像すると【図５】のようになる。やはり対流によって浮かんでいると考えられる。

【写真１１】	【図６】

XII ビデオ画像の干渉縞から解ること

ここで我々は１つの事実に気がついた。それは、液滴の半径がニュートンリング観察用実験器具のそれと異なり、
1mm程度と非常に小さいことである。そのため液滴表面が反射したレーザー光の角度を無視できない。
従って我々の観察していた干渉縞はニュートンリングとは趣を異にするものだといえる。【図７参照】よって
この干渉縞において外側に行くに従って干渉縞の感覚が広がると言うことは、
同時に外側に行くに従ってレーザー光の反射が大きくなっていくということを示す。
つまり液滴の形は【図６】の様なものではなく、球であると言える。
そこで我々は空隙の長さを算出しようと試みたが、ビデオのズーム機能など諸々の原因により 算出に必要な値が得られず失敗に終わった。
正確な値を得ることはできなかったが、中心から離れるに従って空隙が広がっていることは事実である。

	左の図を見て解るように、液体の中心から外れるほど、入射角と反射角は 大きくなる。したがってレーザー光が強めあったり、あるいは弱めあったりする 干渉縞の間隔は、液滴の中心からはずれるほど広がる。 従って、半径が約1mmにすぎない液滴による干渉においては、 ニュートンリングの場合のように、垂直入射、垂直反射を考えて 得られる中心から離れるに従って起こる干渉縞の間隔の縮小は起こらないものといえる。
【図７】

XIII 液滴の形についての考察・・・「やはり液滴は球である」

干渉法によって液滴と液面の空隙の大きさは定量化することができなかったが、干渉縞の形とその間隔、 および液滴が消滅するときの光の様子から、液滴の形について次のように考えた。

１．温度差のない条件下で液滴が静止していた場合、対流によって浮いているとは考えにくい。

２．レーザー公を上から照射した場合、液滴が消滅する瞬間にその中心部が赤く輝くことから、 液滴は液滴下部の中心から液面と同化している。

３．空隙の長さは中心から離れるに従って大きくなっている。

以上より、液滴は球であると考えられる。

XIV 静電気力について

そこで我々は同温での濡れない液体が成功するために必要な力を追求する研究に戻ることにした。

しかし、静電気力に関しては、残念ながら我々は実験する余裕がなかった。 この仮説は説得力に乏しかったので、根拠となる理論を立てようと文献を探したところ、 『シャワーによる電荷』という現象について解説された資料を見つけた。 それによると、理由ははっきりしないがシャワーなどで出来る液滴が帯電するということ であった。そこで、我々の実験でも同様の仕組みで液滴が帯電し、静電気力が働いて液滴を 浮かすのではないかと考えられる。 よって、この仮説にそって今後研究をを進める必要がある。

XV 結論

温度差のない濡れない液体は、『浮力』『撃力』『分子間力』『空気対流による圧力』以外の 何らかの力によって生じているといえる。

XVI 残された課題

１．温度差のない濡れない液体が成功するために真に必要な力として、静電気力について検証する。

２．液滴同士が合体したり反発したり、一つの液滴が分裂するときに働いている力を発見する。

XVII 感想

今年度は早くから取りかかっていたのだが、２作品出展という初めての試みに対して部員達は 戸惑っていたように思える。我々の作品は昨年に引き続き液体に関するものであったため、 実験を進めやすかったのではないかと思う。部員も先生も全くの手探りの状態ではあったのだが、 協力、分担して研究作品を出展できたことは、素晴らしいことだと思う。忙しい中、２作品双方について 的確な助言を下さった先生方には深く感謝したい。

XVIII 参考文献

1) 日本学生科学賞全集第二十回　『水面を走る水滴の研究』

2) 日本学生科学賞全集第三十三回『水面に載る水玉の研究』

3) 日本学生科学賞全集第三十五回『水面を転がる水球をおって』

4) パリティ　vol.13 No.10 『濡れない液体』

5) ハテ・なぜだろうの物理学III 『シャワーによる電荷』