多粒子が作るネットワーク〜砂山の崩れに潜む自然の法則〜

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Iはじめに 公園の砂場や砂浜などで砂山を作った経験がある人は多いと思う。 砂を高く積み上げる際にどうしても砂山が崩れてしまうが、崩れ切った砂山の形は、 積み上げた礫山や袋から入れ物に入れるときにできる砂糖の山、 乾燥機から出されたもみの山などの形と比べると、同じような形に見える。 なぜ粒の大きさや形が異なるのに、山の形が同じようになるのだろうか。 私たちは、砂山の形はどのような法則にしたがってきまるのか不思議に思い研究を始めた。 以下では、多数の粒子が堆積してできる盛り上がりを「砂山」と総称する。
II研究の動機 砕石場で、いろいろな大きさの砂や礫がそれぞれ山積みになっている のを見ると、どれも同じような形に見えた。砂と礫では大きさも形も違 うはずなのに、なぜ山が同じような形になるのか不思議であった【写真１，２】。 そこで大きさや材質の異なるいろいろな種類の粒子で山を作り、その形について調べることにした。
	【写真１】
	【写真２】

III予備実験　肉眼観察の準備 私たちは初め、砂時計のように粒子を落下させ砂山を作り、その形やで き方を観察した。 砂山の実験に使用したのは、砂と金剛砂の２種類である。砂はふるいに かけて、外径約０．５ｍｍの大きさにした。その後、実験の際に砂煙が立 たないようにするために砂を水につけ、コロイド状になった液体を捨てる という作業を数回繰り返し、それを完全に乾燥させたものを使用した。 　 金剛砂は＃３６、＃６０、＃８０、＃１２０、＃１５０、＃１８０と種 類によって粒径が安定しており、粒径の違いによって比較をしやすいもの である。この中で粒径が砂に近い＃８０と＃１２０を使用する。実験装置 はスタンドにろうとを取り付けた簡単なものである。ろうとの足の先端部 分が斜めに切り取られていることにより、何らかの影響があると予想され るため、ろうとの上面に平行になるように先端部分を切り取った。【写真3】
	【写真３】

IV観察結果

• 砂も金剛砂も粒の数が多くなればなるほど粒の大きさとは関係なく山の形が似てくる。
• 上から見ると、崩れの向きは次々と変わり崩れの大きさも一定ではない。
• 砂崩れは、時々、一定の向きに回るように見えることもある。
• 砂山の表面のほかと比べて微妙に低くなっているところで砂崩れが起こり、その近くが低くなりそこがまた崩れると　　　いうように最後まで繰り返されていく。
• 砂を落とす高さを高くすると、砂が周囲に散乱して、砂山が広範囲になり、薄くしか積もらない。
• 砂は同じ箇所で二度続けて崩れない。
• 砂と金剛砂では、積もり方や崩れ方に違いがないようである。
• 落下した周辺の砂が徐々に落下地点から離れていき、ある程度の所で雪崩の様な崩れが生じる。
• 落としはじめは砂はリング状に薄く積もっていく。
• 真横から見た場合、砂が頂点から噴き出しているように見える。

V研究テ−マの明確化

「砂山の現象」の研究から“何が分かるのか”ということが曖昧であった。 砂の粒子の一粒一粒はニュ−トンの運動方程式にしたがって動くが、 それらの方程式を連立して解くというのは私たちには不可能である。 自然をミラクルス−パ−コンピュ−タ−としても、本当に一粒一粒の運動方程式を解いて砂粒の運動を 決めているのだろうか。もしそうだとすると、粒の数が限りなく多くなったとき、運動方程式が 複雑になって計算速度が間に合わなくなる事態が起こらないだろうか。このように考えると、 砂粒の数が極めて多い場合、砂の一粒一粒の粒子の違い（個性）が消えて一粒一粒に成り立つ運動方程式は意味を失い、 全体の集まり方（ネットワ−ク）によって砂山の形が決まる自然のしくみがありそうである。

その後、物理の授業で、自然の変化には「物体のエネルギーが減少して安定さが増す向き」と 「物体の秩序が失われる向き」に進むしくみがあることを知ったが、これらのしくみが砂山の形に どのように働くかということが問題になってくる。したがって、この研究のテーマは 「粒子一粒一粒は集団の要素の数が増大すると個性が失われるという普遍的なきまりがある」ことを 確かめることと、「砂山の形は砂のネットワークが持つしくみできまる」ことを実証することの二つであると考えた。

VI仮説の設定

私たちは観察結果の�に着目して仮説を検討した。それは粒の個数が多いと、粒の大きさや形、 つまり粒子の違いは山の形を決める要因にはならないということだ。したがって、 山の形は体積や粒の個数といった集団の要素によって決まるのではないだろうか。 そこで私たちは

VII検証実験の原理と方法

（原理） 「粒子の大きさや材質は関係なく、個数を多くするにつれて、どの山も同じような形になる。 （山の形は粒子の個数によって決まる）」ことを実証する。
（実験方法）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 １.　境界条件の統一のために、両面テープを使って粒子を敷き詰め固定した 板（以降「粒子板」と呼ぶ）をパイプの下に敷き、一定の個数の粒子を 同じ太さのパイプに入れ、パイプをモ−タ−で垂直に引き上げることに よって山の形を作り、形成された山をビデオカメラで撮影する。【写真４】 ２.撮影した山の画像をトレーシングペーパーを使って写し取り、山の形 や大きさを【図１】のように測定し、それぞれの山の形を比較する。【写真５】 ３.１〜２の方法で、粒子の大きさや材質、個数を変えて実験を行う。粒子の大きさや材質を変えるときは、 個数を一定にするためにパイプの断面積を変える。また、個数を変えるときは、パイプの断面積は常に一定にしておく。	【写真４】
	【写真５】

【図１】

【試料１】

VIII検証実験の結果

（１）極めて粒径、体積が近い砂（基準）と 金剛砂＃８０を同じ個数だけ使用して山を形成すると、 　

１．ｘ，ｈ，ｈ’の値は、砂粒の個数が多くなるにつれて 変化が小さくなり、ｈ，ｈ’の値に至ってはほぼ一定になる。 　

２．ｈ／ｘ，ｈ’／ｘ，ｈ’／ｈの値は砂粒の個数が変化しても ほぼ一定の値をとる。【表１】 　

３．砂粒の個数が少ないときはその山がはっきりした 三角形になるのに対し、個数が多くなるにつれてその山の形が丸みをおびてくる。 　

１〜３のことは、砂（基準）、金剛砂＃８０の両方に共通して 起きることなので、砂粒の個数によるx , h , h 'の値の変化は、 砂と金剛砂を比較するとほぼ一定になる。【表２】

（２）材質が同じである砂（基準）と砂（大粒）を同じ個数だけ使用して山を作ったところ、 大きさが非常に異なり、x , h ,h'の値では比較が難しいので、形から判断すると、 　

１．山を作るパイプに入れる砂の高さを揃えるために、砂（基準）は 普通のパイプ、砂（大粒）は太いパイプに入れて山を作ると同じような形になった。【図２】 　

２．次に、パイプの太さを揃えて、砂（基準）は５ｃｍ、砂（大粒）は ６５ｃｍの高さまで入れて山を作ると、ほぼ同じよ　　うな形になった。【図２】

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

【表１】	【表２】
【グラフ１】	【グラフ２】
【図２】

IXここまでの実験結果の考察

（１）−１，２より、粒子が形成する山は、粒子の大きさや材質に関係なく 粒子の個数が多くなるにつれてどれも同じような形になった。また、 この検証結果より、山の形は粒子の材質によらず 粒子の個数によってある程度決まるようだった。これは、第２の課題を 解明することができれば仮説は本質的に正しいといえる。

X他の粒子についての実験

ここで選んだ材質の異なる２種類の粒子（砂と金剛砂）については 正しいと言える仮説が、もっと多くの他の材質の 粒子についても正しいことを確かめるために新たな種類の 粒子を準備して実験し、結果を比較してみることにした。

（実験方法）	【試料２】
実験方法は今までと同じだが粒子については、以下のものを使用した。 胡麻　　・・・ス−パ−などで市販している黒胡麻 粟　　　・・・ペットショップなどで市販している鳥のえさ用の粟玉 レンガ粉・・・レンガを粉砕し、ふるいにかけて大きさを揃えたもの

これらについて前出の砂、金剛砂と比較してみることにする。ただし、 胡麻・粟は砂や金剛砂よりも極端に粒径が大きいため、粒子数を合わせることが 不可能だった。そこで、ここでは粒子数ではなく体積を一致させて実験することにした。

XI他の粒子についての実験の結果−さらに他の粒子についての実験への展望

それぞれの粒子の山の形を比較すると、

• レンガについては、x , h , h’の値が砂や金剛砂に近く、山の形も近いものになる。
• 粟、胡麻はx、h、h’の値が似かよってきているものの、頂角にばらつきがある。

【表３】	【表４】
【グラフ３】	【グラフ４】
【図３】

このような結果が出たことについては、やはり、粒子数を統一しなかったこと、 そして粒子に種子を使用したことがあげられる。種子は、発芽しようとする性質が あるので吸湿性があり、気候条件などによっては結果が変わることが考えられた。 そのため、次の実験には、粒子数を一定にできるくらいに細かく、発芽・腐敗など 変質しない粒子として、金剛砂＃１８０、ガラスビ−ズを使用することにした。 ガラスビ−ズは、砂と比べて真球度が高く、粒径分布が砂よりもシャ−プで流動性が よいものである。これについて、�と同じ方法で、砂山の形状を確認することにした。

【試料３】	【表５】

XIIさらに他の粒子についての実験の結果

それぞれの粒子の山の形を比較すると、

• x , h , h’は、どれも大きく異なる値をとった。
• 山の形についても、高さに大きな違いがあり全く違う形になった。
• ガラスビ−ズは１５cmを越えると、頂点付近が完全に崩れて台形のような形になってしまい、測定値は不正確になった。

【表６】	【表７】
【グラフ５】	【グラフ６】
【図４】

なぜ結果がこのように大きく違ってしまったかについて、私たちは次のように考えた。
上から砂を落として積もらせた砂山とパイプ引き上げによる砂山との間には、 伴って起こる砂崩れの激しさという点で、大きな違いがある。 ガラスビーズについてのパイプ実験の結果が他と大きく相違した原因が 「崩れの激しさの差」にあると　すれば、ろうとによる実験を再度行い、 崩れについての共通する条件で砂山の形を比較する必要がある。

XIII実験装置の変更

そこで私たちは、この実験結果を踏まえて再び落下による山の形成の実験を行うことにした。 �、�で使用したパイプの装置を使った実験では、ガラスビーズの場合、 パイプを持ち上げた直後に全方向へ激しい崩　れを起こした。『崩れ』 そのものが粒子の共通の個性を反映して、砂山の形を変えるのではないかと考えた。 そこで、山　の形成方法として、上から粒子を連　　続して落下させることにし、 砂山の形を調べることにした。このとき装置は、�　で使用したものを使用する。

XIV測定方法

パイプの実験と同じ方法で行うことにしたが、ろうとから粒子を落下させてつくる山は、 いずれも頂上部分が失われ概略図５のように鉛直断面の形がほぼ台形になる。 そこで、この台形の2つの斜辺を延長してなす角を「砂山の頂角」と 考えることにした。また、砂山の底角は一般的に「安息角」と呼ばれていることを知ったので、 以降私たちも砂山の形を　　表すのに「安息角」を用いることにした。

【図５】

XV結果

• 砂（基準と大粒）、金剛砂（#36,60,80,120,150,180）と、 ガラスビ−ズ（大と小）で、全体の体積をそろえて山を作り、 同じ材質どうしで比較すると粒子の大きさの違いによらず、 砂山の形の測定値はほぼ一致した。
• 安息角は材質によって異なり、特にガラスビーズでは他の材質と大きく異なった。

【表８】	【図６】

XVI仮説の修正

砂山の形状が、粒子の材質に左右されるならば、粒子の数が多くなっても、 粒子の材質という共通の個性は失われない。　その一方で、 粒子の集まり方の一つが砂山であるのだから、最初の集まり方によっても その後の集団が釣り合う形（砂山の形）が変わると考え直し、

「砂山の形（安息角）は砂崩れによって定まり、 砂崩れを引き起こす力は粒子の材質と形状そして粒子の集まり方で大小が決まる。」

XVII修正仮説の検証実験の原理と方法

（原理）

・試料の砂山の形とその砂崩れの間にはっきりとした関係があることを示す。

・粒子の材質と形状そして粒子の最初の集まり方と砂山の形にはっきりとした関係があることを示す。

・摩擦角と砂山の崩れが起きる角度が一致しないことから確認する。

（目的）

砂崩れは、剛体の滑り運動ではなく、粒子の集団運動であることを 砂山の崩れが起きる角度と摩擦角が一致しないことから確認する。

（実験方法）

1. 粒子板の上に同じ材質の粒子板をのせ、下の粒子板を傾斜させて粒子板が滑る角度、 摩擦角θOを計測する。【写真7】
2. 同じ実験を数回繰り返し、平均値を出す。また、粒子の種類を変えて １〜2を繰り返す。

（結果）

θOとθＡ, θＢは明らかに一致しなかった。

（考察）

砂崩れは粒子の集団運動であると言える。

【写真7】	【表9】

（目的）砂の集団の初期条件によって砂山の角度が違うことを示す。

その1で、砂崩れは剛体の滑り運動ではないことが明らかになった。 そこで文献を調べたところ紛粒体では剪断応力が最大摩擦力に当たることが分かったので、 砂山の崩れが起きる角が剪断応力によって決まる角度（剪断角）に一致するかどうか調べる。 実験としてα、βの２通りを行った。なお、 α、βにおけるθα、θβは一致するはずである。　

（実験方法）

α．

1. 両面テ−プで粒子を敷き詰めた板に、枠で固定した粒子を設置する。
2. 粒子板の一端を上昇させ傾斜をつくり、粒子が崩れだした角度θαを求める。
3. θA、θBと比較する。

β．

1. 両面テープで粒子を敷き詰めた板に、枠で固定した粒子を設置する。
2. 粒子を枠ごとばね秤で引っ張り、枠が移動したときの力の大きさ（剪断応力）を計測する。
3. 同じ実験を数回繰り返して平均値を出す。その値から剛体における摩擦力を求める。
4. 剛体における静止摩擦力Ｆ=μＮ（Ｎは垂直抗力）にならって 定数μ’を求める。
5. 静止摩擦係数μと摩擦角θの 関係式μ=tanθにならって tanθβ=μ’より θβを求める。
6. θA、θＢと比較する。　

（結果）

θαとθβは一致しなかった。 また、θα＞θβであった。 θαはθA、 θβはθＢとそれぞれ一致した。

【表１０】

XVIII検証実験からの考察

θαとθβが 一致しなかった理由として、αでは全ての粒子が流動化する角度として θαが求まるのに対して、 βで求めた角度θβの場合は全ての粒子が 流動化していないと考えられる。これは、粒子の種類によらずどの粒子においても θα＞θβが 成り立っていることから裏付けられる。 θαとθAが一致したのは、 双方の実験においては全ての粒子が同時に流動化するという共通点があるからだと考えられる。 崩れ始めの限界条件の超え方に θβとθＢが一致する原因が あると推測するが、それがどのようなことなのかについて明確にはできていない。 流動化が始まってから全ての粒子が流動化するまでには、一定量のエネルギーが必要であると考えられる。 このように粒子がまとまって締まった状態から流動化する変化は、 固体から液体への状態変化に例えることができる。すなわち、α・Aではあたかも 完全な液体の様な状態にあるのに対し、β・Ｂではあたかも液体と固体が共存しているような 状態にあると言える。β・Ｂの状態からα・Ａの状態に移行するために必要なエネルギーは、 状態変化における潜熱にあたるものだと考えられる。

XIX結論

砂山の形状は、当初考えた仮説とは異なり、粒子の違い（個性）によって決まり、 同じ材質の粒子であれば、粒子の大きさに関係なく全体の体積を揃えたときに 砂山の形状は相似形となる。粒子の個性とは、砂山を作った時にできる安息角であり、 安息角は粒子の性質による崩れの角と剪　断応力に依存する。

XX残された課題

• 剪断応力の測定実験βから得られる角度がパイプ実験でできる砂山の底角と一致する理由を突き止める。
• ろうとでの実験の場合、上から見ると砂崩れの向きが次々と変わる現象が確認できる。 この砂崩れの向きには規則性が認められないため、この中に含まれていると 考えられるカオス的要素について調べる。

XXI感想

今年度は早くから実験に取り掛かっていたのだが、県予選優秀賞だった作品と合わせて ２作品出展という初めての試みに対して部員一同戸惑っていたように思える。 県予選通過後に行った膨大なデ−タの解読に予想以上に時間がかかってしまったが、 何とか作品を作りあげることができた。部員も先生も全く新しい分野に挑戦したのだが、 協力、分担して研究作品を出展できたことは、本当に素晴らしいことだと思う。 最後に、大変に忙しいなか的確な助言をしてくださった先生方、そして、 連日遅くまで研究に協力してくれた部員達に深く感謝したい。

XXII参考文献

• 日本学生科学賞全集第三十七回　『砂山の研究』
• 中公新書　田口善弘著　『砂時計の七不思議』

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